鼻下長紳士回顧録、上巻 感想
※ネタバレ注意です※
安野モヨコ先生8年振りの待望の新作ストーリーです!!
今まで、「おチビさん」などの版画で製作した子供や家族向けのショートストーリーを発表してこられた作者さん。
その安野先生待望の、安野節炸裂のニューストーリーです!!!
エロスと名セリフや心に残る言葉が満載です。
エロスを純文学のように仕立て上げる先生のイラスト、肝となる名シーンは言葉で綴られていく手法、 そして妖しくも美しい華麗で淫乱兼備な世界、どれをとっても溜め息しか出ません。
名セリフは多々あるのですが、この本を読んでご自身の目でご確認のほどを。
時代背景は、何十年か前の娼婦がはびこる街パリ。
主人公は、売春宿「メゾン・クローズ『夜の卵』」で働く娼婦の女の子コレットです。
見た目は透き通るような肌を持つボブカットの可愛く美しい女性です。
しかし、その性格や行動からは純粋で幼さも感じられる不思議な感性の持ち主です。
全体を通しての観念としては、コレット自身のお話や売春宿での出来事を通して、人生とはかくも儚く、 しかしながら底辺に身を落とした者とそこにお金を払うお金持ちとの相反する立場の人間でさえも、どこかしら心の中に闇を抱えていて 苦悩しながらも発散したり受け入れながら生きている。ということがメッセージとして伝わってきます。
そして、苦境に立たされて働きながらも楽しさを見出しながら懸命に生きているコレットの名ゼリフ 「この世の大抵のことはそういうプレイだって思えばしのげる」という言葉がこの漫画の真意でしょう。
現代に生きる我々でも全ての人に当てはまるようで、読者の胸に刺さります。
コレットは、毎日その日の出来事やお客さんのことをメモするために日記を書いています。
ハードカバーの美しいノートで、何年か前にお客で来たある日本人小説家からもらった物です。
内容は、現在の出来事とこの日記での回想録から物語は成り立って作られています。
彼女がどうして現在は娼婦と言う悲しくも捉えられる状況になったのか?
また、彼女の感性や人生観、価値観はどうして形成されたのか?
をよくわかるように描かれています。
そしてその価値観は、現代の私達に通ずるものがあります。
今まで無意識にそれを実践していた人にもよくわかる漫画だと思います。
コレットには、レオンといういわゆるヒモの彼氏がいます。
レオンはお金がない時だけコレットをあてにして甘い囁きで誘惑をしてきます。
ある日、コレットはその虚しさや愛が消えたことに気づき、レオンを突き放します。
回想録によると、コレットとレオンは元々は田舎から出てきたばかりで右も左もわからない少女と売れない画家で、しかし互いにとても愛し合っていました。
コレットは、お金を渡せなくてレオンを突き放しビンタされた時に、あらためてその当時の事を思い出します。
表情やコマでは無表情で思い出していますが、コレットの心は泣いています。
読んでいる側としてはその淡々とした描写に思わず涙がこぼれます。
回想で、レオンが当時「俺は絶対、お前のこと離さない・・・」と涙を流しながら言う最後の大コマは彼の本当の心中なのでしょう。
もちろん、娼婦館での出来事は面白くも悲しく、さながら舞台喜劇のようで必見です。
色んな人生が詰まっています。
メゾンドクローズで働く娼婦達は、みんな個性的です。
それぞれのストーリーもあります。
とあるお金持ちで絹織物商の老人紳士が、メゾンドクローズの中では、裸になりてんかふんのようなパウダーまみれになり、 たっぷりの羽根の中で転げ回り羽根だらけの小鳥のような姿になり、娼婦達全員に追いかけられて森の中でという設定で鬼ごっこをします。
コレットを含む娼婦達には全員に、一字一句間違えてはならない台詞が用意されており、女たちにおいかけられながら彼は楽しそうに走りまわります。
最後に囚われた小鳥の老人は娼婦たちに弄ばれけがされるのですが、そのことにより満足してまた高級なスーツに身を包んで帰ります。
その老人は何度もそういった行為を繰り返してるのです。
人間が持つ滑稽さがよく表れた章で、正に喜劇映画を見ているような感覚に陥ります。
また、ミニョンという太ったおばさん娼婦の古くからの常連客である、オーギュストという地位のある数学者であるおじいさん紳士は、 遺言により正式な葬式の前に秘められた葬式を娼婦館で執り行います。
卑猥な形をした真っ赤な蝋燭で飾られた祭壇と、色情狂と書かれた布で棺桶を覆い祭られて 最期に娼婦達に死体になってまでSMプレイでいじめられるのでした。
それが、彼の最期までの願いでした。
オーギュストは、ミニョンに罵倒されるのが好きな変態です。
気前が良く娼婦館の娼婦達からもその点では人気でした。
彼は雪道で転倒し死亡したのでした。あっけない最後です。
祭壇での最後の変態プレイに満足したかしら?と娼婦に聞かれミニョンはいいます。
「わからないわ」「もう二度と会えないんだから」と。
わたしたちは自分が死んでも相手が亡くなっても、そのどちらかが亡くなれば二度と会う事はできなくなるのです。
その間にどれだけの信頼関係があろうとも。
本当の失望はなんなのかを考えさせられる章です。
他にも、後半にナナというコレットとは真逆の豊満で欲深く美人で人気の高級娼婦が出てきます。
なんと、ナナとレオン、コレットにノートを上げて日記を書かせた日本人小説家が互いに知り合いプレイを見せ合い、後に日本人小説家がヤクザに追いかけられるという波乱の後半幕開けがあります。
今後下巻でコレットとナナは対峙する場面に出会うことが予想されるのですが、一筋縄ではいかない絡みになるであろう事は必至なのでどういった展開になるのかが非常に楽しみです。
また、タイトルが「鼻下長紳士回顧録」なので、コレット目線で描かれてますが最後にはお客のだれかの回顧録だったというオチもあるのか気になるところです。
初回限定版は、コレットの日記ノートをモチーフにしたハードカバーと、展開するとポスターになる表紙から作られています。
通常版はソフトカバーで通常の漫画本と同じですが、サイズは少し大きめです。
どちらも、紫色が美しい、コレットのアップでの表情がインパクトがあり印象的な表紙なので書店でも目立つのですぐに見つけられるでしょう。
各々の名セリフやコレットの心の中での台詞や言葉で、誰しもが抱えているコンプレックスや日々の悩みなどは一笑して蹴散らすことができ、 また深く暗い想いにも直視し向き合え見つめられ、明日からも前向きに明るく頑張ろうと思えます。
是非、大人の人に読んで欲しい深い作品です。
どうぞご一読下さい。